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ブログ | 心の傷を癒す新しい選択肢。オンラインで手軽に。EMDRとフラッシュテクニック ソマティックエクスペリエンシング

ソマティック・エクスペリエンシング™︎

ソマティック・エクスペリエンシング™による交通事故トラウマのセッション記録風エッセイ

―体の声を聴き、凍りついた瞬間をゆっくり溶かす旅―

交通事故のトラウマを扱うとき、私はいつも、その人がどれほど急な出来事の中で「体に残されたままの何か」を抱え続けてきたかを思います。
事故というのは、一瞬の出来事なのに、体にはその瞬間の速度、衝撃、恐怖、無力さが深く沈殿します。
頭では「もう終わった」と理解していても、体の深いところ――筋肉、呼吸、皮膚感覚、骨の内側の緊張、そして神経系の反応は、その瞬間のまま停滞していることがよくあるのです。

ここでは、あるクライアントのセッションを参考にしながら(もちろん個人情報はすべて架空化し、一般的なプロセスに置き換えています)、交通事故のトラウマがソマティックエクスペリエンシングでどのように扱われ、どのように少しずつ解けていくのかを、物語のように辿っていきます。


■1 「まだ、あの音が残っているんです」

セッション室に入ってきた彼は、少し肩をすぼめ、呼吸が浅くなっていました。
「事故の話をするとき、胸のあたりがぎゅっと苦しくなるんです」
そう言う彼の声は、どこか遠くにいるようでした。

事故があったのは半年前。
信号待ちの車に後ろから大型車が追突してきたそうです。
救急車で運ばれ、大きな怪我はなかったものの、その後から突然の動悸、首の痛み、予期せぬフラッシュバック、夜間の緊張、車に乗ると手が震える――そんな症状が続いているとのことでした。

私は事故の詳細を一気に聴きません。
まずは彼の体が「今ここ」にいて、安全であることを確認できるように、ゆっくりと呼吸を観察し、椅子に座っている感覚、床に置いた足の存在を確かめていきました。

「椅子の座面に、どんなふうに身体が支えられている感覚がありますか?」

彼は少し間を置いて答えます。
「…太ももの外側が、しっかり支えられている感じがします。内側は緊張している気がします」

そう、これで十分なのです。
事故というストーリーではなく、まずは “今、体がどう感じているか” を少しずつ明らかにしていく。
それがソマティックエクスペリエンシングの最初の入り口になります。


■2 体の安全を取り戻す「リソース」を探す

トラウマセッションの序盤では、「リソース」を育てます。
リソースとは、身体が「安心」「支え」「落ち着き」を微かにでも感じられる要素のことです。

・椅子の感触
・呼吸の自然な動き
・手の温かさ
・遠くで聞こえる安全な音
・自分を支えてくれた誰かの記憶
・公園で過ごすときの穏やかさ

こうしたものが体にとっての安全の土壌になります。

彼の場合、次のリソースが見つかりました。
「事故のあと、妻がずっとそばにいてくれて、病院で手を握ってくれたんです。その感触は…今でも安心を思い出します」

セッションでは、こうした安心の記憶を単なる思い出として語るだけでなく、体で再体験していきます。

「奥さまの手を思い出すと、体のどの部分に温かさや緩む感じがしていますか?」

彼は胸に手を置きながら、
「…胸の中心が少し柔らかくなるような感じがします」
と答えました。

この“柔らかさ”は、リソースが体に触れたサインです。

このようにトラウマの世界の前に、「安心の世界」をしっかり養っておくことで、後のプロセスが安全で安定したものになっていきます。


■3 トラウマの「端っこ」に触れていく

リソースが育ってきたら、次は事故の記憶の「ごく一部」「ごく弱い部分」だけを扱います。

トラウマを一気に扱う必要はありません。
むしろ一気に触れることは再トラウマ化を招く危険があります。
ソマティックエクスペリエンシングは「タイタレーション(ごく少量ずつ)」と呼ばれるアプローチを使い、体が耐えられる範囲内だけ触れては離れ、触れては離れる――その繰り返しで神経系を整えていきます。

私は彼に尋ねました。
「事故のことを思い出すとき、“最も弱い刺激で”…今なら少しだけ触れられそうな場面はありますか?」

彼は少し考え、
「…追突される直前に、バックミラーに大きなトラックが見えたことを思い出します」
と答えました。

その瞬間、彼の肩がふっと持ち上がり、呼吸が浅くなりました。
私はすぐに、リソースへ戻るよう声をかけます。

「奥さまの手の感覚に戻ってみましょう。胸の柔らかさはありますか?」

彼は深く息を吐きながら頷き、呼吸が戻っていきました。

トラウマの断片(バックミラーの記憶)と、リソース(胸の柔らかさ)を行き来しながら、神経系が少しずつ“ここは安全だ”と理解していきます。
これがソマティックエクスペリエンシングの特徴であり、「トラウマの波を小さくしていく」過程です。


■4 体に残った「未完了の反応」を探す

ソマティックエクスペリエンシングでは、事故の瞬間に起こりかけて途中で止まってしまった “防衛反応” を体が再び完成させることがあります。

事故のように突然性の高い出来事では、

・逃げたかったのに逃げられなかった
・体を守りたかったのに動けなかった
・声を出したかったのに凍りついた

――そんな未完了の動きが身体に残っていることがあります。

セッション中、彼に小さな変化が起きました。
バックミラーの記憶を扱っているとき、彼の右腕がわずかに強張り、指先に力が入るのが見えました。

私はゆっくり尋ねます。
「右腕に、何かしたいような感じや、動きたい衝動はありませんか?」

彼は驚いたように言いました。
「…実は、ぶつかる瞬間に、反射的に“ハンドルを切ろうとした感覚”が残っているんです。体が勝手にその姿勢になりそうになります」

これこそが “未完了の反応” の兆候です。

私は続けます。
「では、今その“動きたい衝動”を、ほんの少しだけ…5%くらいの力で許してみてもいいかもしれません。動きすぎなくて構いません」

彼はゆっくりと右腕をわずかに外側に動かし、
ほんの数センチだけハンドルを切るような動作をしました。
すると、肩の緊張がすっと下がり、息を深く吸い込む音が部屋に響きました。

その瞬間、彼は涙をこぼしました。
「…これ、あの時に出来なかった動きなんだと思います」

体は、あの瞬間に起こりかけて止まってしまった動きを、何ヶ月も、時には何年も抱え続けていることがあります。
ソマティックエクスペリエンシングでは、その“止まった動き”に少しだけ空間を与え、完了に向かうプロセスを助けます。


■5 自律神経が「ゆるむ」瞬間

動作の完了が起こると、自律神経系に明確な変化が現れます。

・大きなため息
・涙
・体の温かさ
・指先のピリピリ
・お腹の動きが戻る
・あくび
・肩が勝手に落ちる

こうした反応は、交感神経の過緊張から副交感神経への移行、つまり「回復」に向かっているサインです。

彼の場合、右腕の動きを自然な形で終えたあと、
「急に胸が広がった感じがあります」と言い、深く呼吸が入りました。

私はその変化が自然に落ち着いていくまで、数分間、言葉を挟まず見守りました。
この静かな時間こそ、体が「安全」を再学習する大切なプロセスだからです。


■6 事故現場の“時間”がゆっくり進みはじめる

トラウマ体験では、事故の直前・直後の「時間」が止まったように感じられることがあります。
フラッシュバックというのは、この“止まった時間”が、体の中でループ再生されるような現象です。

彼のセッションでも、最初は事故直前の映像だけが強く残っていました。
バックミラー、迫りくるトラック、体の硬直。

しかし、未完了の動きが少し解放されたあと、彼はゆっくりと、事故直後の場面を思い出せるようになっていきました。

「…気づいたら車は止まっていて…周りの人が“大丈夫ですか”と声をかけてくれて…」

これが大切なのです。
生き延びた瞬間――つまり「助かった」という体験を体が受け取れたとき、トラウマの時間が動き始めます。

ストーリーとして思い出すのではなく、
“体が”その時間を追体験し、
“体が”助かった事実を受け取るのです。

この統合が進むと、脳と身体の中に新しいルートが生まれます。
「今は安全である」という感覚が根を張りはじめます。


■7 凍りついていた「恐怖」も自然な動きに変わる

セッションを重ねていく中で、彼は事故にまつわる様々な感覚を体で確かめながら手放していきました。

・背中の強い緊張
・首の硬直
・視野が狭くなる感じ
・音に敏感な反応

これらはすべて、体が危険を察知し続けていたサインです。

ソマティックエクスペリエンシングでは、こうした反応を「消す」のではなく、「安全な環境の中で自然にほどける」ように支えます。

ある日のセッションで、彼はこう言いました。
「…事故のことを思い出すとき、以前より胸が締めつけられなくなった気がします。映像の“距離”も少し遠くなりました」

これは、体の中の “生理的な恐怖反応” が鎮まり、
記憶がただの「過去の経験」に戻りつつあるサインです。


■8 再びハンドルを握る――生活への統合

セッションが進むにつれ、彼は少しずつ、実生活での変化を報告してくれるようになりました。

「短い距離なら車に乗れるようになった」
「バックミラーを見るときに手が震えなくなった」
「急な音での過剰反応が減った」
「眠れるようになってきた」

体に残っていた事故の痕跡が薄れていくにつれ、
以前のような日常感覚が自然に戻ってきます。

これは意志の力ではありません。
神経系が回復したからこそできるようになった変化です。

ソマティックエクスペリエンシングでは、
“体の回復” が “心の回復” を導きます。


■9 トラウマを語ることより「体験を完了させる」こと

事故のトラウマを持つ多くの人は、何度も事故の話をしてきたにも関わらず、症状が残ったままだと感じています。

それは「話したこと」と「体験が完了したこと」は別だからです。

言葉で過去を振り返っても、
体が「まだ終わっていない」と感じていれば、
神経系は高い警戒状態を続けます。

ソマティックエクスペリエンシングは、
体と神経系が「本当に終わった」と理解できるように手助けします。

・ゆっくりした動き
・筋肉の緊張と緩み
・微細な感覚の変化
・未完了の防衛反応の解放
・自律神経の調整
・安全の再学習

こうした体験を通じて、トラウマの根が少しずつ抜けていきます。


■10 「安全は体で覚えるもの」

最終回のセッションで、彼は静かに言いました。
「事故のことを思い出すとき、胸の奥に“もう大丈夫だ”という感覚があるんです」

そのとき彼の表情は、事故当初とは明らかに違っていました。
目の周りの緊張が取れ、呼吸が深く、肩は自然に落ち、
体全体がようやく日常のリズムに戻れたように見えました。

トラウマは「記憶」だけではありません。
体の内部に残った“終わらなかった反応”が、
気づかないうちに様々な症状として現れます。

だからこそ、
体を通して終わっていくことが必要なのです。

ソマティックエクスペリエンシングは、
“安全は考えてつくるものではなく、体で覚えるもの”
という前提のもと、ゆるやかな回復の道を歩んでいきます。

事故のトラウマを抱えるすべての人に、
この穏やかで、静かで、丁寧な回復のプロセスが届くことを願ってやみません。

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E-Lifeカウンセリングセンター

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