ソマティック・エクスペリエンシング™︎
ソマティックエクスペリエンシング™︎のタッチケア
ソマティック・エクスペリエンシング(以下SE)は、トラウマや慢性ストレスによって生じた神経系の不均衡を整えるために、身体感覚への気づきを中心としたアプローチを行います。トラウマ体験を持つ人は、しばしば身体の中に「凍りついた反応(フリーズ)」を抱え、感覚と情動が切り離されています。タッチケアは、この分断された身体感覚をやさしく回復させ、神経系を再び自己調整できる状態に導くための方法です。
対人セッションではセラピストが安全な身体接触を用いて支援しますが、自分一人でも「セルフタッチ」という形で、同様の調整を行うことが可能です。ただし、ここで重要なのは「癒そう」「変えよう」とする意図ではなく、自分の身体の今の状態に気づき、尊重する姿勢です。タッチは変化を促すための操作ではなく、「そこにあるものを感じ取るための窓口」として行います。
■ タッチケアを始める前の準備
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安全な空間を確保する
静かで邪魔の入らない環境を選び、照明をやや落とし、スマートフォンなどの通知をオフにします。身体を支える椅子や床、ブランケットなどを用意し、安心してリラックスできる姿勢を取ります。 -
呼吸とグラウンディング
目を閉じるか、柔らかく焦点をぼかしながら、自分の足裏が床に触れている感覚、腰が椅子に支えられている感覚を感じます。呼吸を操作しようとせず、「今の呼吸の自然なリズム」を観察します。この段階で、心拍や体温、身体の内側の微細な変化を感じ取れるようになると準備が整っています。
■ 一人でできる3つのタッチケア実践
① 心臓を包むタッチ(自己安定化)
両手を胸の中央にそっと置きます。手のひら全体を広げて、心臓の鼓動や胸の温かさを感じましょう。
焦点を「手が胸に触れている感覚」と「胸が手に触れ返している感覚」の両方に向けます。
手の温度、重さ、微かな脈動を感じながら、「ここにいても大丈夫」「いまは安全」と心の中で繰り返します。
もし過去のつらい記憶や不安が浮かんできても、それを変えようとせず、「その感覚がここにある」ことだけを認めてください。やがて呼吸が深くなり、胸郭がゆるむ感覚が生じるかもしれません。
② 腹部のタッチ(内臓感覚との再接続)
次に、片手または両手を下腹部(へその下)に置きます。
この部分は、自律神経が集まり、「安全」や「不安」を最も早く感知する領域です。
手の重みを通して、腹部がゆっくりと上下する呼吸の動きを感じ取ります。
ここでのポイントは、「腹を緩めよう」としないこと。
むしろ、どの程度硬いか、温かいか、動きがあるかないかに気づくことです。
感覚を丁寧に追うと、わずかな振動や波のような動きが感じられることがあります。これは神経系が凍結状態から解け始めるサインです。身体の奥で「小さな生命のリズム」が再び感じられたら、その動きを尊重し、静かに見守りましょう。
③ 頭と首のタッチ(過覚醒の鎮静)
現代人に多いのは、頭部の過活動による思考優位の状態です。
両手を後頭部の下、頭と首の境目(後頭下筋群のあたり)に添え、頭の重さを手に預けます。
首の後ろに溜まっていた緊張が少しずつ溶けていくのを感じながら、「自分の頭を支えている」感覚を味わいます。
このポジションは、迷走神経の活性化にも関係しており、交感神経の緊張を鎮める効果があります。
やがて、目の奥の圧がゆるんだり、あくびや涙が自然に出てくることもあります。
それは身体が「安全モード」に戻りつつある証拠です。
■ 実践後の統合ステップ
タッチを終えたら、すぐに立ち上がらず、しばらく「今の身体の状態」を感じましょう。
たとえば、体温、重心、呼吸、思考の静まり方などを観察します。
何も変化がないように思えても、それで構いません。
SEの観点では、「変化を起こす」よりも「変化を感じ取る能力を回復する」ことが本質です。
もし途中で不快な感覚が強く出た場合は、その場でやめ、足裏や周囲の音に注意を向け、**外の現実とのつながり(オリエンティング)**を回復してください。タッチケアは、自分を鎮める手段であって、過去を掘り起こすためのものではありません。
■ まとめ:タッチケアがもたらすもの
セルフタッチによるケアは、
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自律神経の安定(迷走神経の調整)
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身体感覚への信頼の回復
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自分自身との優しいつながりの再構築
を促進します。
SE創始者ピーター・リヴィンは「トラウマは出来事そのものではなく、その後に身体の中に閉じ込められたエネルギーである」と述べています。
タッチを通して私たちは、そのエネルギーが再び自然なリズムで流れ出す道筋を思い出すのです。
一人でできるタッチケアは、セラピストとのセッションを補完するだけでなく、日常の中で自己調整力を育てる穏やかな瞑想のような実践とも言えるでしょう。