ソマティック・エクスペリエンシング™︎
ソマティック・エクスペリエンシング™︎ランダム化比較試験
身体心理学の効果については、定型化したプログラムではなく、柔軟な対応する場合が多いことや、身体感覚、気分、思考といったものを複合化していくことから数値化することが難しい場合が多く、昨今のエビデンスのある治療という点であまり推奨されないものですが、全く研究がないというわけではありません。「Somatic Experiencing for Posttraumatic Stress Disorder: A Randomized Controlled Outcome Study」はソマティックエスクペリエンシング™︎のランダム化比較試験をおこなったものです。
ソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing, 以下SE)は、アメリカのピーター・リヴァイン博士が開発した、身体感覚に焦点を当てたトラウマ治療法です。
一般的な心理療法が「言葉」や「思考」に注目するのに対して、SEは「身体の感覚」に意識を向けます。
トラウマ反応とは、身体の防衛反応が中途半端に終わり、神経系が「危険が続いている」と誤って反応し続ける状態だと考えられています。
SEでは、この「未完了の身体反応」を安全な場でゆっくり完了させることで、身体と心の緊張を解放し、自然な回復力(レジリエンス)を取り戻すことを目指します。
特徴的なのは、トラウマ体験を詳細に語る必要がない点です。むしろ、強いストレス反応を再現しすぎないように、心身の安全を保ちながら、少しずつ体の反応に気づくように進めていきます。
この研究の目的
本研究は、ソマティック・エクスペリエンシングがPTSD(心的外傷後ストレス障害)に有効かどうかを科学的に検証した、初めてのランダム化比較試験(RCT)です。
RCTとは、治療を受けるグループと待機(比較)グループをランダムに分けて比べる、最も信頼性の高い研究方法です。
研究の概要
研究はイスラエルの「Herzog Israel Center for the Treatment of Psychotrauma」で行われ、63名のPTSD診断を受けた成人が参加しました。
年齢は平均40歳で、男女比はほぼ半々。原因となったトラウマは交通事故、暴行、テロ、家族の死、医療事故など多様でした。
参加者は2つのグループに分かれました:
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治療群(33名):SEのセッションを15回(週1回、各60分)受けた
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待機群(30名):15週間は何もしないで待機し、その後SEを受けた
症状は治療前・治療後・フォローアップ(さらに15週間後)の3回測定されました。
治療内容
治療は、7名の熟練した臨床家(心理士・ソーシャルワーカーなど)によって行われました。
セッションは以下のように構成されていました。
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初期セッション(1〜3回):安全な関係づくりと基本理論の説明(トラウマとは何か、身体反応の仕組み、感覚の観察法など)
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中盤(4〜11回):身体感覚を追いながら、少しずつトラウマに関わる体験を扱う。緊張や不快感を感じたら、心地よい感覚に注意を戻すなど、神経系の調整を学ぶ。
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終盤(12〜15回):成果の統合。日常生活でのセルフケアやストレス対処の方法を確認する。
結果
解析の結果、SEを受けたグループではPTSD症状と抑うつ症状が大きく改善しました。
主な結果は次の通りです。
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PTSD症状の改善度(効果量)は Cohen’s d = 0.94〜1.26(非常に大きな効果)
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抑うつ症状も d = 0.7〜1.08 の改善
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治療を受けた人の 約44%がPTSDの診断基準を満たさなくなった
対照的に、待機グループでは15週間後もほとんど改善が見られませんでした。
しかし、その後SEを受けると同様に改善しました。
研究期間中にはイスラエル国内で戦争やテロ事件が発生しており、参加者が再び強いストレスにさらされる状況もありました。それにもかかわらず、効果は維持されていました。
考察と意義
この結果は、SEがPTSDの治療法として有望であることを示しています。
従来の主流である認知行動療法(CPT, PEなど)やEMDRと並んで、身体志向のアプローチも科学的根拠を持ちうることを意味します。
特にSEの特徴は次の点にあります:
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トラウマ体験を詳細に語らなくても回復できる
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身体感覚を通して自律神経系を整える
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自分の中に「安心と安定」を再構築できる
これは、言葉で感情を表すのが難しい人や、体の反応が強すぎて会話中心の療法が苦手な人にも適している可能性があります。
限界と今後の課題
研究は小規模(63名)で、特定の文化的背景(イスラエル)に基づいています。また、治療者の技量や個別性が影響している可能性もあります。
今後は、戦争被害者、性的被害者、複雑性トラウマなど、異なるタイプのトラウマへの適用効果を比較検討する必要があります。
また、SEがどのような生理的変化(心拍変動、筋緊張、神経活動など)を通じて回復をもたらすのかを、神経科学的な視点から分析する研究も求められています。