フラッシュテクニック
フラッシュテクニックにおける「フィーダー記憶」の扱いについて
——心理療法を受けることを考えている方へ、落ち着いて読めるように
フラッシュテクニック(Flash Technique)という方法があります。
トラウマに触れる際の心の負担をできる限り軽くしながら、深いところに溜め込まれてきたつらい記憶をそっと和らげていくためのアプローチです。
初めて名前を聞かれる方には、「そんなに都合よく痛みだけが取れるなんてこと、あるんだろうか?」と不思議に思われるかもしれません。
実際、私自身も初めてこの技法に触れたときは、半信半疑でした。
ところが、臨床の現場で静かに積み重ねていくと、言葉にならない深い負担を抱えた方々が、ふとした瞬間に「あれ、さっき感じていた重さが薄くなっています」と呟かれるような場面が何度もあり、これはただの“テクニック”ではないなと実感してきました。
今日は、そのフラッシュテクニックの中でも少し分かりづらい「フィーダー記憶」という考え方について、これから療法を受けようと思っている方に向けて詳しく、そしてできるだけ分かりやすくお話ししたいと思います。
専門用語を無理に覚える必要はありません。
ただ、「自分の心の中では、こういう順番で変化が起きていくんだな」と、安心して取り組んでいただけるように、少しゆっくりめに書いていきます。
■1 フラッシュテクニックとは何か
まず、フラッシュテクニックそのものについて、あまり構えずに理解していただける説明から始めたいと思います。
この方法の特徴は、「つらい記憶に深く入り込まずに進める」という点です。
一般的にトラウマに対する心理療法というと、過去の記憶を思い出して、そのときに感じていたものに向き合っていくというスタイルが思い浮かぶかもしれません。
もちろんそういった療法にも価値がありますし、多くの研究で効果が確認されています。
けれど、なかには
-
記憶に触れると気分が急激に落ち込む
-
体が強く反応してしまう
-
思い出そうとすると頭が真っ白になったり、涙が止まらなくなる
-
「思い出す」「向き合う」という言葉だけで胸がざわついてしまう
という方もいます。
フラッシュテクニックは、そうした方たちが無理なく取り組めるよう工夫された方法です。
施術中、つらい記憶そのものにしっかり触れる必要はありません。
むしろ、淡く遠くに置いたまま、軽い作業をしながら進めていきます。
「自分の内側で何が起きているのかははっきり分からないけれど、終わってみると気持ちがだいぶ軽くなっている」
そんな体験をもたらす技法だと言ってよいと思います。
■2 フィーダー記憶とは何か
では、今回のテーマである「フィーダー記憶」とは何でしょうか。
少しイメージを使ってお話しすると、トラウマや大きなストレスの記憶というのは、木の幹のようなものです。
一本の太い幹が中心にあるように見えても、実際には、その幹を支える“根っこ”のような小さな出来事がたくさんあります。
その根っこ——つまり、
表面にはあまり出てこないけれど、実は強い影響を与えている小さな記憶
これを、フラッシュテクニックでは「フィーダー記憶」と呼びます。
フィーダー(feeder)という言葉には「栄養を与えるもの」という意味があります。
つまり、表に見えているつらさを“裏側で支えてしまっている”記憶、ということになります。
たとえばこんなケースがあります
-
表の記憶:交通事故の場面を思い出すと胸が苦しくなる
-
しかし実際には:事故よりも、それより前の「人を怒らせてしまったときの怖さ」が深く根にある
→ 事故反応の強さを「裏」で支えていたのは別の記憶だった
このように、本人が意識しやすいメインの出来事よりも前に、あるいは別の場所に、ひっそりと強い感情を抱えた記憶が存在することがあります。
フィーダー記憶は、必ずしも劇的な出来事とは限りません。
他の人からすれば「そんな小さなことで?」と思われるような瞬間でも、自分にとっては深く刺さったまま抜けなかった——そんな種類のものが多いのです。
■3 フィーダー記憶はどう見つかるのか
では、療法を行う中で、どのようにしてフィーダー記憶が浮かび上がってくるのでしょうか。
実は、多くの場合、無理に探す必要はありません。
フラッシュテクニックの良いところは、心の防衛反応を尊重しながら進めるので、必要な記憶は自然に浮かんでくるという点にあります。
施術中、クライアントさんはメインの記憶を「軽く」意識しながら、別の簡単な作業をします。
例えば、目の前の点を見たり、セラピストの合図に合わせてフラッシュ(軽いまばたきや合図反応)を繰り返したりします。
その過程で、本人の心に自然と次のような変化が起きます。
-
「あれ、急に別の記憶が思い浮かんできた」
-
「なぜかこの場面が引っかかる」
-
「これも関係あるのかなと思えてきた」
こういう瞬間が訪れたとき、その記憶がまさに“フィーダー”である可能性が高いのです。
無理に掘り起こす必要はありません。
心が許した分だけ、可能な範囲だけ、静かに顔を出してくる。
その自然な流れを大切にしながら進めていきます。
■4 どんな場合にフィーダー記憶を処理するのか
ここからが本題です。
「どんなときに」「どのように」フィーダー記憶を処理するのか。
これは大きく三つの場面に分けて説明できます。
●(1)メインの記憶がなかなか軽くならないとき
フラッシュテクニックでは、多くのケースでメインの記憶に触れなくても、自然に負担が軽くなっていきます。
ところが、何度フラッシュを繰り返しても変化が乏しい場合があります。
そのときは、
「もしかするとフィーダー記憶が支えているのかもしれない」
と考えます。
このとき、クライアントさんに無理に思い出してもらう必要はありません。
ただ、変化が足踏みしている理由として、「もう一段深いところに別の傷があるのかもしれない」と説明し、自然に思い浮かぶものがあれば扱っていきます。
●(2)強い感情が湧き上がってきたとき
フラッシュテクニックでは強い感情に“ドボン”と浸かる必要はありませんが、処理が進む途中でふっと何か感情が湧いてくることがあります。
-
寂しさ
-
怒り
-
罪悪感
-
「自分はダメなんだ」という思い
こうした感情の裏側に、フィーダー記憶が潜んでいることがよくあります。
感情そのものを押さえつけようとせず、「感情が湧いたのは、何か関係している記憶があるという合図かもしれませんね」と話しながら、自然に浮かんでくる記憶を扱っていきます。
●(3)本人が「あの出来事も気になります」と感じ始めたとき
療法が進んでいくと、クライアントさんが自ら
「実は、ずっと前からひっかかっていることがあって…」
と話されることがあります。
このような場合、フィーダー記憶である可能性が非常に高いので、その記憶をメインと同じように「軽い意識」だけ向けてもらい、フラッシュを行います。
■5 フィーダー記憶の処理で使う主なテクニック
フラッシュテクニックは基本的にシンプルです。
しかし、フィーダー記憶を扱う際には、心の負担を最小限にするために次のようなバリエーションを用います。
●テクニックA:ライトタッチの“ホールド”
まずは、フィーダー記憶をしっかり見る必要はありません。
「軽く思い出そうとすると、ぼんやり輪郭が見えるくらい」で十分です。
その状態で、セラピストの合図に合わせて短いフラッシュを行います。
●テクニックB:距離をおいてイメージする
もしそのフィーダー記憶がちょっと強いものだった場合には、それをスクリーンの向こう側に置くようなイメージで距離をあけます。
距離があけばあくほど、安全に処理できます。
●テクニックC:別の安全なイメージと並行する
フィーダー記憶がどうしても近づきすぎる感じがある場合、
-
癒される景色
-
落ち着く風景
-
安らぎを感じる人物やペットの存在
などを同時にイメージしてもらいます。
これは「クッション」を置くような効果があります。
●テクニックD:身体感覚からアプローチ
フィーダー記憶を思い出すのではなく、
「その記憶が近づいたとき、胸やお腹にどんな重さがあるか」
といった身体感覚を手がかりにする方法です。
直接映像を扱わないので負担が少なくなります。
■6 フィーダー記憶を処理するとどんな変化が起きるのか
ここが、実際の臨床で多くの方が驚かれるところです。
フィーダー記憶が軽くなると、メインの記憶そのものが驚くほど変わります。
よくある変化
-
メインの記憶の映像がぼんやりしてくる
-
当時の感情の温度が下がる
-
自分を責める気持ちが弱まる
-
「もう大丈夫」と自然に感じられる
-
身体のこわばりがゆるむ
まるで、つらさを支えていた“根”を抜くと、幹の重さがふっと軽くなるような感覚です。
■7 フィーダー記憶が複数ある場合の経過
人によっては、フィーダー記憶が一つとは限りません。
深さが違う層のように、複数の記憶が順に出てくることがあります。
一般的な順番
-
表層:最近の出来事が軽くなる
-
中層:子ども時代の小さな傷が顔を出す
-
深層:自分の根本的な価値観を形づくった体験が出てくる
もちろん、全員がこの順番になるわけではありません。
けれど、どの段階でもフラッシュテクニックは同じように、安全な距離を保ちながら処理していきます。
■8 最終的にどんな状態を目指すのか
フィーダー記憶を扱うことで最終的に目指しているのは、
「つらい記憶が消えること」ではありません。
そうではなく、
その記憶がもはや“自分を苦しめる力”を持たなくなる
という状態です。
記憶が残っていても、心身への負荷がなくなる。
それは、過去が“完了”した、ということです。
■9 受ける前に知っておいてほしいこと
最後に、これからフラッシュテクニックを受けてみようと思っている方に伝えておきたいことがあります。
●あなたは無理に思い出さなくていい
どれほど深い記憶であっても、無理に掘り返さなくていいのです。
心が許した分だけで十分です。
●変化のスピードは人それぞれ
すぐに軽くなる方もいれば、少しずつ変化していく方もいます。
どちらも自然なプロセスです。
●フィーダー記憶が浮かぶのは悪いことではない
「こんなことを思い出したくなかった」という瞬間があったとしても、それは回復の扉が少し開いたという合図です。
怖さを抱えたままで構いません。
あなたのペースで進めればいいのです。
●あなたの心には“回復する力”がすでにある
セラピストが何かを“治す”わけではありません。
もともとあなたが持っている回復力が、安全な環境で動きやすくなっていく——
それがフラッシュテクニックの本質です。
まとめ
フィーダー記憶とは、
つらい記憶を裏側で支えている、もう一段深い場所にある小さな傷のようなもの
です。
フラッシュテクニックでは、必要な場面にだけ丁寧に扱い、安全な距離を保ちながら処理していきます。
そしてその作業は、あなたが思うよりずっと穏やかで負担の少ないプロセスです。
過去の出来事が完全に消えなくても、
それがもはや今のあなたを苦しめるものではなくなる——
そんな状態を一緒に目指すことができます。
もし、この説明を読んで少しでも「やってみてもいいかもしれない」と感じられたなら、
その気持ちを尊重しながら、あなたのペースで進めていければと思います。