フラッシュテクニック
フラッシュテクニック 思春期の試験不安の研究 トルコ
現代の子どもや若者たちは、学校での成績や受験に関するプレッシャーの中で生活しています。特に11〜14歳の時期には「試験不安(test anxiety)」と呼ばれる強い緊張や恐怖を感じる子どもが多く、学力低下や抑うつ、さらには不眠や食欲不振などの心身の不調を引き起こすことが知られています。
試験不安が長く続くと、やがてうつ病やパニック発作、摂食障害などの深刻な問題につながることもあります。そのため、短時間で安全に心を落ち着ける心理療法が求められています。
フラッシュテクニック(Flash Technique)とは?
フラッシュテクニックはEMDR(眼球運動による脱感作と再処理療法)という心理療法から派生した新しい手法です。
EMDRはトラウマ治療に世界的に用いられていますが、フラッシュ技法はその中でも特に「短時間で苦痛な記憶を思い出さずに軽くする」ことを目的に開発されたものです。
この技法では、過去のつらい記憶を直接詳しく語る必要がなく、代わりに次のようなステップで行います。
- クライアントは楽しい思い出や安心できる場所など、ポジティブなイメージを思い浮かべます。
- セラピストの指示に合わせて、目を3回「パチパチ」と瞬き(フラッシュ)します。
- 同時に、左右交互に膝を軽く叩く(交互刺激)動作を続けます。
- つらい記憶の「不快度(SUDスコア)」を0〜10で自己評価し、数回のセットを繰り返すことで、その不快感が少しずつ下がっていきます。
この方法の特徴は、「つらい出来事を詳しく思い出さない」「短時間(20分ほど)で効果がある」「グループでも実施できる」という点です。
研究の目的
本研究は、トルコのビンギョル大学(Bingöl University)の心理学者マフスム・アヴジュ博士によって行われたものです。
目的は、試験不安を持つ中学生(13〜14歳)に対して、フラッシュ技法のグループ実践がどの程度効果があるかを調べることです。
これまでフラッシュテクニックの研究は成人やトラウマ患者を対象とするものが多く、思春期の試験不安に焦点を当てた研究は初めてでした。
参加者
- 対象:トルコ・ビンギョル市内の私立中学校の8年生(日本の中学2年生に相当)
- 人数:40人(全員が「試験不安スコア34点以上」)
- 条件:抗うつ薬などの精神薬を使用していない、参加に同意した生徒
- 倫理審査:ビンギョル大学倫理委員会の承認済み
使用した心理テスト
研究では、次の3つの尺度を用いて効果を数値化しました。
- 試験不安尺度(Test Anxiety Scale)
→ 試験に関する心配や身体反応の強さを測定 - 子ども用うつ尺度(Children’s Depression Inventory)
→ 抑うつ感や気分の落ち込みを測定 - 子ども・青年用トラウマ反応尺度(Post-Traumatic Response Scale)
→ ストレスや過去の嫌な出来事に対する反応を測定
これらを**介入前(前テスト)→直後(後テスト)→1か月後(追跡テスト)**の3回実施しました。
実際のフラッシュテクニックの手順(グループ形式)
- まず簡単な説明を行い、「フラッシュ」と言われたら3回まばたきすることを練習。
- 参加者はそれぞれ「楽しい記憶」や「安心できるイメージ」を選ぶ。
- 「嫌な記憶(試験や失敗体験など)」を短く思い出し、その不快度(SUD)を0〜10で評価。
- セラピストの合図に合わせて「まばたき+膝タップ+ポジティブな想像」を行う。
- 数回繰り返し、不快度が0になるまで続ける。
- 最後にもう一度SUDを測定して、変化を確認。
1回のセッションは約90分(導入+実施)。
セラピスト2名が4グループに分かれて実施しました。
結果(統計分析)
分析は「反復測定分散分析(ANOVA)」で行われ、以下のような結果が得られました。
| 測定項目 | 効果の大きさ(η²) | 改善の割合 | 有意差 |
| 試験不安 | 0.826 | 約83%改善 | p < .05 |
| うつ症状 | 0.555 | 約56%改善 | p < .05 |
| トラウマ反応 | 0.681 | 約68%改善 | p < .05 |
つまり、たった1回のフラッシュ技法で、試験不安が大幅に軽減し、うつやトラウマ反応も同時に減少したことが示されました。
効果は1か月後の追跡テストでも維持されていました。
考察(なぜ効果があったのか)
フラッシュテクニックは「適応的情報処理モデル(Adaptive Information Processing Model)」に基づいています。
この理論では、人はトラウマやストレス体験を十分に処理できないまま記憶に残しておくと、将来の不安や恐怖反応として再び現れると考えます。
フラッシュテクニックでは、ポジティブな想像を通して「安全な心の状態」で記憶を間接的に再処理することで、脳がトラウマ記憶を自然に統合しやすくなります。
そのため、つらい記憶を直接思い出す必要がなく、心の防衛反応を起こさずに不安を下げることができるのです。
🌱他の研究との比較
- Wong(2019, 2021):ホームレスの子どもや医療従事者を対象にフラッシュ技法を使用 → PTSDや抑うつが大幅に減少
- Yaşarら(2021, 2022):交通事故被害者やグループ治療での有効性を確認
- Avcı & Karakış(2022):悲嘆やトラウマの軽減に有効
これらの先行研究とも一致しており、本研究は「学業ストレスに対してもフラッシュ技法が有効」であることを初めて実証しました。
意義と利点
- 短時間(約20分)で効果が出る
- トラウマ記憶を詳細に話す必要がない(苦痛が少ない)
- グループ形式でも可能(コストが低い)
- 不安・抑うつ・トラウマの複数の症状を同時に軽減できる
これらの特徴から、学校現場や青年支援の心理教育の中で活用できる可能性があります。
限界と今後の課題
- 研究参加者が40人と少なく、地域も1か所に限定されている。
- 対照群(別の治療を受けた比較群)がない。
- 長期的な追跡(半年・1年後)が行われていない。
- 他国・文化での再現研究が必要。
そのため、今後はより大規模で多様なサンプルを対象とした研究が求められます。
まとめ
この研究は、「たった1回のフラッシュ技法でも、思春期の子どもの試験不安・うつ・トラウマ反応を大幅に減らせる」ことを科学的に示した初めての実験です。
フラッシュ技法は、苦しい記憶を無理に思い出すことなく、「楽しいイメージ+まばたき」という非常にシンプルな動作で心を整える心理療法です。
学校のカウンセリングや教育現場でも安全に取り入れやすく、特に受験期の不安が強い生徒への支援法として注目されています。
最後に
本研究は、トルコで行われたものですが、内容は日本の中高生の受験ストレスにもそのまま当てはまります。
短時間で実践でき、痛みが少なく、グループでも行えるという点で、教育・心理支援の新しい形として期待されています。