認知行動療法
インターネット配信型反すう焦点化認知行動療法(i-RF-CBT)の効果に関する無作為化比較試験
―うつ病と不安障害に共通する「反復的否定的思考(RNT)」を標的としたトランスダイアグノスティック治療の検証―
1. 研究の背景と目的
うつ病や不安障害は世界的に最も一般的な精神疾患であり、世界保健機関(WHO)によると、うつ病は世界で2億6,000万人以上が苦しむ主要な健康問題の一つである。従来の認知行動療法(CBT)は有効性が認められているが、寛解率は限定的であり、再発率も30〜40%に及ぶことが報告されている。
これらの問題の背景には、疾患ごとに治療を分けて行う「診断特異的モデル」の限界がある。現実の臨床では、うつと不安が併存するケースが非常に多く、単一診断に基づく介入では包括的な改善が難しい場合が多い。
そこで近年注目されているのが、「トランスダイアグノスティック・アプローチ(transdiagnostic approach)」である。これは、複数の精神疾患に共通する心理的メカニズムを標的として治療を行う考え方である。その中でも特に重要なプロセスとされるのが、**反復的否定的思考(Repetitive Negative Thinking: RNT)**である。
RNTとは、「心配(worry)」や「反すう(rumination)」など、否定的な内容を繰り返し考え続ける思考スタイルの総称であり、うつ、不安、社会不安、パニック障害など多くの情動障害に共通する維持因子とされる。先行研究では、RNTの高さが抑うつおよび不安の発症リスク、重症度、再発率と強く関連することが示されている(Ehring & Watkins, 2008; Watkins & Roberts, 2020)。
本研究では、RNTを主たる治療標的とする認知行動療法の一種、反すう焦点化認知行動療法(Rumination-Focused CBT: RF-CBT) をインターネットを通じて提供し、その有効性を初めて包括的に検証した。
目的は次の通りである:
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i-RF-CBTがRNTを有意に低下させるかを検証する。
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RNTの低下が、うつおよび不安症状の軽減につながるかを確認する。
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効果が6か月後まで維持されるかを評価する。
2. 方法
研究デザイン
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無作為化比較試験(Randomized Controlled Trial, RCT)
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単盲検・2群並行デザイン
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試験登録番号:ClinicalTrials.gov NCT03507114
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実施国:ルーマニア
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期間:2018年3月〜2019年2月
対象者
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18歳以上の成人118名(女性74.6%)
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以下の基準を満たす者を含む:
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心配尺度(PSWQ)50点以上、または反すう尺度(RRS-10)40点以上(いずれもRNT高値)
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うつ病(MDD)、持続性抑うつ障害(Dysthymia)、全般性不安障害(GAD)、社会不安障害(SAD)、パニック障害(PD)などの臨床または亜臨床診断
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自殺企図、双極性障害、統合失調症、依存症、PTSDやOCDの一次診断を持つ者は除外。
群分け
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i-RF-CBT群(n = 59)
7週間、週1回のオンラインモジュール(計6モジュール)を受講。セラピストによるメール・SMS・短い電話による非同期サポート付き。 -
待機リスト群(n = 59)
7週間待機後に同じプログラムを受講。
測定指標
主要アウトカム:
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反復的否定的思考(RNT):Perseverative Thinking Questionnaire (PTQ)
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反すう:Ruminative Response Scale (RRS-10)
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心配:Penn State Worry Questionnaire (PSWQ)
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不安:Generalized Anxiety Disorder Scale (GAD-7)
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抑うつ:Patient Health Questionnaire (PHQ-9)
副次アウトカム:
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Beck Depression Inventory-II (BDI-II)
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Social Phobia Inventory (SPIN)
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Quality of Life Inventory (QOLI)
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Work and Social Adjustment Scale (WSAS)
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Anxiety Sensitivity Index (ASI-16)
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Overall Anxiety Severity and Impairment Scale (OASIS)
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Overall Depression Severity and Impairment Scale (ODSIS)
測定はベースライン、治療中(週2・4・6)、7週後、6か月フォローアップで実施された。
3. 介入内容(i-RF-CBT)
RF-CBTは、エクセター大学のEdward Watkinsらによって開発されたCBTの一変法であり、従来の認知再構成や行動活性化に加え、「反すうという習慣」を機能分析的に捉え、修正することを目的とする。
主な構成要素は以下の通りである:
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機能分析:反すうや心配が起こるきっかけ(トリガー)と、その機能(何を避け、何を得ているか)を理解する。
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処理様式の変更訓練:出来事の意味を「なぜ?」ではなく「どうすれば?」と問い直し、問題解決志向の思考へ移行する。
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行動活性化:RNTの引き金となる状況に「逆行動(opposite action)」で対応し、行動的修正を図る。
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習慣形成:if–thenプランを活用し、「もし反すうが始まったら、〇〇をする」という行動スクリプトを訓練。
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体験的学習:イメージワーク、マインドフルな注意訓練、セルフ・コンパッション、フロー体験などを通して適応的思考を強化。
参加者はオンラインで教材を閲覧し、毎週課題を提出。セラピストは週1回、45分程度のフィードバックをメールで返信。遅れがあればリマインドメッセージや短い電話(5分程度)で支援を行った。
4. 結果
ベースライン
両群間で年齢、性別、診断構成、重症度に有意差はなかった。
治療効果(7週後)
i-RF-CBT群は、待機群と比較して有意な改善を示した。
| 指標 | 効果量(d) | 有意確率(p) | 備考 |
|---|---|---|---|
| PTQ(反復思考) | 0.44 | < .001 | RNTの低下 |
| RRS-反すう | 0.56 | < .001 | 抑うつ的反すうの減少 |
| PSWQ(心配) | 0.62 | < .001 | 不安思考の減少 |
| PHQ-9(抑うつ) | 0.38 | < .001 | 抑うつ症状の改善 |
| GAD-7(不安) | 0.41 | < .001 | 不安症状の改善 |
| SPIN(社会不安) | 0.38 | < .01 | 社会不安の軽減 |
| BDI-II | 0.64 | < .001 | 抑うつの大幅な減少 |
また、臨床的に意味のある改善(30%以上の症状減少)は、
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i-RF-CBT群の 51.9% に認められたのに対し、
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対照群では 19.6% に留まった(χ²=17.83, p<.001)。
フォローアップ(6か月後)
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ほとんどの改善効果が持続し、PTQ・PHQ-9・GAD-7・WSAS等で追加の改善が観察された。
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診断数は平均1.76から0.50へ減少(t = 5.30, p < .001)。
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有害事象は報告されなかった。
5. 考察
(1) i-RF-CBTの臨床的意義
本研究は、RNTを主標的とするCBT介入がうつ・不安・社会不安・パニック障害にまたがって効果を発揮することを示した初の大規模RCTである。
RNTが低下すると、複数の症状領域が同時に改善することから、「RNTを標的とするトランスダイアグノスティック治療」の有効性を支持する強いエビデンスが得られた。
(2) 理論的意義
RF-CBTは、「反すうは本質的に悪いものではなく、処理様式(分析的 vs 経験的)によって適応性が変化する」という認知処理理論に基づいている。本研究は、この理論の実証的裏付けを提供したといえる。
また、RNTは強化学習により形成される「認知的習慣」として捉えられ、行動活性化やセルフ・コンパッションなどの訓練によって再学習が可能であることも示された。
(3) 実用的意義
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非同期サポート(メールなど)でも十分な効果が得られた点は、オンライン心理療法の拡張性を示唆。
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地理的制約や人材不足のある地域でも提供可能。
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プログラム翻訳と文化適応(ルーマニア語版)でも有効性が保持されており、国際的汎用性を持つ。
(4) 他研究との比較
本研究の効果量(PHQ-9でd=0.38)は、既存のインターネットCBT研究(Karyotaki et al., 2021)と同程度かやや高い。
反すう低下の効果(d=0.56)は特に大きく、RNTへの直接介入の有用性を裏付ける。
6. 限界と今後の課題
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待機リスト対照群のみであり、プラセボ条件や標準CBTとの直接比較がない。
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ブラインド化の欠如:セラピストと参加者が割り当てを認識していた。
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サンプル偏り:参加者の大多数が女性で大学教育以上。一般化には注意が必要。
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オンライン特有の効果:対面RF-CBTとの比較は行われていない。
今後は、標準CBTや統一プロトコル(Unified Protocol)との直接比較を通じ、RNTを標的とすることの独自効果を検証する必要がある。
7. 結論
本研究は、インターネットを介して提供される**反すう焦点化認知行動療法(i-RF-CBT)**が、
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反復的否定的思考(RNT)
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不安症状
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うつ症状
を有意に軽減し、その効果が少なくとも6か月維持されることを明確に示した。
これにより、RNTを標的とするトランスダイアグノスティックCBTの有効性が実証され、遠隔介入を通じてメンタルヘルス治療のアクセス向上を図る有望な方法であることが示唆された。
8. 臨床応用の示唆
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統一プロトコルやマインドフルネスCBTと並び、RNTを標的とするRF-CBTは、併存症への包括的介入に有効。
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セルフ・コンパッション訓練、問題解決的思考訓練、習慣的反すうの気づきと中断などの要素を組み込むことで、既存のCBT実践を強化できる。
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日本の臨床現場でも、i-RF-CBTの構造(週次モジュール・課題・非同期支援)は、EAP・産業メンタルヘルス領域にも応用可能。
9. 総括
うつや不安といった「診断名」を超えて、共通する心理的メカニズム(反すう・心配)を標的とする治療戦略は、今後の臨床心理学・精神療法の潮流を変える可能性がある。
本研究は、テクノロジーを活用した「アクセス可能で、効果の持続する心理療法」の実現に向けた重要な一歩といえる。
引用:
Tulbure, B. T., Dudu, D. P., Marian, Ș., & Watkins, E. (2025). An Internet-Delivered Rumination-Focused CBT Intervention for Adults With Depression and Anxiety: A Randomized Controlled Trial. Behavior Therapy, 56, 785–798. https://doi.org/10.1016/j.beth.2024.12.004