認知行動療法
認知処理療法 ― トラウマ体験を整理し、自分らしさを取り戻すために
私たちは誰しも、生きていく中で心を深く傷つける出来事に出会うことがあります。
それが「トラウマ(心的外傷)」です。事故、災害、虐待、いじめ、親との葛藤、裏切り――それらは記憶の奥深くに刻まれ、時に現在の生活や人間関係、自己像にまで影響を及ぼします。
認知処理療法(CPT)は、そうしたトラウマによって歪められた「意味づけ」を丁寧に見つめ直し、心の中に再び“自由”と“つながり”を取り戻していく心理療法です。
◆ 同化と過剰調整 ― トラウマが世界観を変えるプロセス
トラウマを経験した人の多くは、その出来事を「自分の中でどう理解するか」という課題に直面します。
認知処理療法では、トラウマの後の思考の歪みを「同化」と「過剰調整(過剰適応)」という2つの形で説明します。
同化(assimilation)とは、出来事を無理やり今までの信念体系に押し込もうとする心の動きです。
たとえば、「あの時私が悪かったから暴力を受けた」「もっと頑張っていれば防げた」といった、自責的な考えがこれにあたります。現実を自分のせいにすることで世界の一貫性を保とうとする、一種の防衛反応です。しかしそれは、多くの場合、自分を苦しめ続ける枷にもなります。
一方で過剰調整(over-accommodation)は、トラウマによって世界そのものの見方を大きく変えてしまう状態です。
「もう誰も信じられない」「人は必ず裏切る」「安心できる場所なんてない」といった極端な信念がその例です。トラウマ体験が“すべて”の人間関係に影響を与えてしまい、他者との関係を避けたり、過剰に警戒したりしてしまうのです。
CPTでは、こうした思考のパターンを「スタック(stuck point)」と呼びます。
スタックとは、心の成長や癒しの流れが止まってしまっている“ひっかかり”です。
カウンセリングでは、このスタックを丁寧に言葉にし、検討し、より柔軟で現実的な意味づけに書き換えていく作業を行います。
◆ アダルトチルドレンのトラウマにも
CPTは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)への有効性が多くの研究で確認されていますが、「アダルトチルドレン(AC)」と呼ばれる生きづらさを抱えた人にも非常に有効です。
アダルトチルドレンとは、機能不全家庭で育ち、子ども時代に安心して感情を表現したり、甘えたりできなかった人たちを指します。
親の暴言や無関心、過剰な期待、アルコール依存などの家庭環境は、明確な“事件”ではなくても、慢性的なトラウマとして心に影響を残します。
こうした人々は、「人に迷惑をかけてはいけない」「自分は価値がない」「感情を出すと嫌われる」といった“スタックした思考”を持ちやすく、現在の人間関係でも同じ苦しみを繰り返してしまいます。
認知処理療法では、その思考を責めるのではなく、むしろ「なぜその考えが必要だったのか」という背景を理解し、少しずつ安全な形で書き換えていきます。
◆ CPTのプロセス ― 感情ではなく「意味」を整理する
CPTの特徴は、「感情の解放」だけではなく、「出来事にどのような意味を与えてきたか」に焦点を当てる点です。
カウンセラーと一緒に、自分の考えや信念を紙に書き出し、「それは本当に現実に基づいているのか」「別の見方は可能か」を検討していきます。
怒り、罪悪感、恥、恐怖――そうした強い感情の奥に隠れている“考えの構造”を整理することで、次第に感情の波が落ち着き、自己理解が深まっていきます。
また、CPTでは「自分」「他者」「世界」「安全」「信頼」「親密さ」「力」など、人生の主要テーマに関する信念を見直していきます。
たとえば、これまで「自分は弱い」と思っていた人が、「あの状況を生き抜いた自分は、むしろ強い」と感じられるようになる――
その変化こそが、トラウマからの回復のサインです。
◆ 回復とは「自分らしさを取り戻すこと」
CPTは、つらい記憶を消すための治療ではありません。
むしろ、その記憶とともに生きながらも、自分を責めず、他者と安心してつながる力を取り戻すためのプロセスです。
同化や過剰調整によって狭まってしまった世界を、再び広く柔らかい視点で見つめ直すこと。
それは、アダルトチルドレンのように長年「我慢」と「孤独」で生きてきた人にとって、まさに“新しい生き方”への入り口となります。
トラウマの語り直しは勇気を必要としますが、その先には、もう一度「自分を信じられる感覚」が待っています。
認知処理療法は、その道のりを専門家と共に歩む、安全で確かな心理的アプローチです。