ソマティック・エクスペリエンシング™︎
不安症への向き合い方 ソマティックエクスペリエンシング™︎ を中心に
― からだ・考え・行動をつなぐ回復の道筋 ―
1.不安は「弱さ」ではなく、生き延びるための仕組み
不安症に悩んでいる方の多くは、
「自分は弱いのではないか」
「なぜこんなことで不安になるのだろう」
と自分を責めてしまいがちです。
しかし、まず知っておいてほしいのは、不安そのものは異常ではないということです。不安は、もともと私たちが危険から身を守るために備えている、非常に優れた生存システムです。
例えば、暗い夜道で背後から足音が聞こえたとき、心拍が上がり、体がこわばり、周囲に注意が向く——これは不安のおかげで起きる自然な反応です。この反応があるからこそ、私たちは事故や危険を避けて生きてこられました。
不安症とは、
「危険ではない状況でも、体と脳が危険だと誤作動を起こし続けてしまう状態」
だと理解すると、少し見え方が変わってきます。
2.不安は「頭」だけで起きているわけではない
不安というと、多くの人は
-
心配な考え
-
ネガティブな思考
-
悪い予測
といった「考え」の問題だと思いがちです。
もちろん、考えは重要です。しかし実際には、不安は頭(認知)・からだ(神経系)・行動の3つが絡み合って起きています。
不安が起きるとき、体では何が起きているか
不安を感じた瞬間、体の中では次のような変化が起きます。
-
心臓がドキドキする
-
呼吸が浅く速くなる
-
胃がムカムカする
-
肩や首が緊張する
-
足が地に着いていない感じがする
これはすべて、自律神経が「危険モード(闘争・逃走反応)」に入ったサインです。
つまり、不安症は
「考えすぎ」だけでなく、「体が安全を感じられなくなっている状態」
でもあるのです。
この視点が、ソマティック・エクスペリエンシング(SE)の重要な出発点になります。
3.ソマティック・エクスペリエンシング(SE)とは何か
SEの基本的な考え方
ソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing)は、トラウマや不安を「体(ソマ)」の反応から回復していくアプローチです。
SEでは、不安を
「嫌な感情」
「考えの問題」
として無理に消そうとはしません。
代わりに、
「今この瞬間、体はどんな状態にあるか」
をとても大切にします。
体はまだ「終わっていない」
不安症の多くは、過去のストレス体験や恐怖体験が、体の中で未完了のまま残っている状態と考えられます。
例えば、
-
本当は逃げたかったのに逃げられなかった
-
言いたいことを言えず、固まってしまった
-
助けを求められなかった
こうした体験では、体は「戦う・逃げる」準備をしたまま、行き場を失います。そのエネルギーが神経系に残り、現在の安全な場面でも不安として再生されてしまうのです。
SEでは、
-
足の感覚
-
呼吸の深さ
-
体の温かさ
-
緊張と緩みの波
などを丁寧に感じながら、体が「もう大丈夫だ」と学び直すことを助けます。
4.SEが不安症に役立つ理由
SEの大きな特徴は、不安を無理に克服しようとしない点にあります。
不安な感覚が出てきたとき、
-
それを消そうとする
-
気合で我慢する
-
無理にポジティブに考える
こうした対応は、かえって神経系を緊張させることがあります。
SEでは、
-
不安の感覚を「少量ずつ」感じる
-
安全を感じる感覚と行き来する
-
強くなりすぎる前に戻る
という**振り子(ペンデュレーション)**の考え方を使います。
これにより、体は
「不安があっても壊れない」
「自然に戻れる」
という感覚を学んでいきます。
5.認知行動療法(CBT)の役割
CBTは「考え」を整える地図
一方、認知行動療法(CBT)は、不安に伴う考え方のクセを扱うアプローチです。
不安症では、次のような思考が起きやすくなります。
-
最悪の結果を想定する
-
「〜しなければならない」と考える
-
小さな不安を大きな危険として捉える
-
自分を過剰に責める
CBTでは、これらを
「事実」と「考え」を分けて見る
練習をしていきます。
例えば、
「動悸がする → このまま倒れるに違いない」
という思考があった場合、
-
動悸がするのは事実
-
倒れるという証拠はあるか
-
過去にどうだったか
を一緒に確認します。
CBTの目的は、
無理に前向きになることではなく、現実的で柔軟な見方を増やすこと
です。
6.エクスポージャー(曝露療法)とは何か
避けるほど不安は強くなる
不安症の維持に最も大きく関わるのが、回避行動です。
-
電車が不安だから乗らない
-
人前が怖いから避ける
-
動悸が怖くて運動しない
これらは短期的には楽になりますが、長期的には
「避けないと危険」
という学習を強めてしまいます。
エクスポージャー(曝露療法)は、
安全な範囲で、少しずつ不安な状況に触れていく
方法です。
我慢大会ではない
誤解されがちですが、エクスポージャーは
-
根性論
-
無理やり慣らす
-
一気に怖いことをする
ものではありません。
本来のエクスポージャーは、
-
段階的
-
予測可能
-
コントロール可能
であることが重要です。
7.3つのアプローチをどう組み合わせるか
ここからが最も大切なポイントです。
① SEで「安全の土台」を作る
まず、体がある程度落ち着きを取り戻せることが重要です。
-
呼吸
-
足の感覚
-
今ここにいる感覚
これが弱いままエクスポージャーをすると、
「耐えたけど余計に怖くなった」
という結果になりやすくなります。
② CBTで「意味づけ」を整える
体が少し落ち着いた状態で、
「この不安は危険なのか?」
を考え直すことで、回復は加速します。
CBTは、SEで落ち着いた体に
理解という言葉を与える役割
を果たします。
③ エクスポージャーで「体験的に学ぶ」
最後に、実際の体験を通して
「不安があっても大丈夫だった」
という記憶を積み重ねます。
このとき、
-
SEで体を感じながら
-
CBTで現実的な視点を持ち
行うエクスポージャーは、非常に安全で効果的です。
8.回復は一直線ではない
不安症の回復は、
-
良くなったと思ったら戻る
-
昨日できたことが今日は怖い
といった揺れを伴います。
これは失敗ではありません。
神経系が学び直している過程です。
SEの視点では、
「戻る」のではなく
「揺れながら安定に向かっている」
と捉えます。
9.最後に:不安と共に生きるということ
不安症のゴールは、
不安がゼロになることではありません。
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不安があっても選択できる
-
不安を感じても戻ってこられる
-
不安に振り回されない
この状態こそが回復です。
ソマティック・エクスペリエンシングは
「体は味方である」
と教えてくれます。
認知行動療法は
「考えは事実ではない」
と教えてくれます。
エクスポージャーは
「体験は恐怖を書き換えられる」
と示してくれます。
この3つを組み合わせることで、不安症は
戦う対象から、理解できる反応へ
変わっていきます。
不安を抱えながらも、人生を前に進める。
その道は、確かに存在します。