EMDR
EMDRとSEのどちらがいい?
トラウマケアの二大巨頭であるEMDR(眼球運動による脱感作と再処理)とソマティック・エクスペリエンス(SE™:身体心理療法)。どちらも非常に効果的なアプローチですが、その仕組みや「癒やしの入り口」は驚くほど異なります。
今のあなたが「どちらを選ぶべきか」を判断できるよう、それぞれの特徴、違い、そして「あなたにどちらが向いているか」のチェックポイントを、専門的な知見から徹底的に解説します。
1. EMDR:脳の「情報処理システム」を再起動する
EMDRは、主に「脳(思考と記憶)」からアプローチする手法です。
仕組み:脳の自然な治癒力を引き出す
私たちの脳には、本来、嫌な出来事を「過去の思い出」として適切に整理する機能があります。しかし、強烈なトラウマを経験すると、その記憶が脳の中で「生々しいまま(未処理のまま)」フリーズしてしまいます。
EMDRでは、左右に動く指を目で追う(眼球運動)などの「両側性刺激(BLS)」を使いながら、トラウマの場面を思い出します。これにより、睡眠中のレム睡眠(夢を見ている状態)に似た脳の状態を作り出し、止まっていた記憶の整理プロセスを急速に回します。
EMDRの特徴
構造的: 8つの段階(フェーズ)に沿って進む、非常にシステマティックな治療です。
認知の変容: 「私はダメだ」「私が悪かった」という否定的な思い込みを、「私はもう安全だ」「最善を尽くした」という肯定的な感覚へ書き換える力が強いです。
スピード: 単発のトラウマ(事故、一度きりのショックな出来事など)に対しては、比較的短期間で劇的な効果が出ることが多いです。
2. ソマティック・エクスペリエンス(SE):体の「本能的エネルギー」を解放する
SEは、主に「体(神経系)」からアプローチする手法です。
仕組み:野生動物の知恵を人間に応用
開発者のピーター・リバイン博士は、野生動物が命の危険にさらされてもトラウマを負わないことに着目しました。動物は、逃げ切った後に体を震わせたり、深く呼吸したりして、溜まった「サバイバル・エネルギー(闘争・逃走反応の残り)」を放電します。
人間は理性があるがゆえに、この放電を止めてしまい、エネルギーを体内に閉じ込めてしまいます。これが「自律神経の乱れ」や「フラッシュバック」の原因です。SEでは、当時の記憶を詳しく語るのではなく、今ここにある「体の感覚(フェーズ・センス)」を丁寧に追いかけ、少しずつエネルギーを解放(リチャージ)していきます。
SEの特徴
ボトムアップ: 「考える」のではなく「感じる」ことから始めます。言葉にならない違和感や、体の震え、温かさを大切にします。
安全性(滴定): トラウマを一度に扱わず、コップの水を一滴ずつ垂らすように(滴定)、耐えられる範囲で少しずつ進めるため、再トラウマ化のリスクが低いです。
複雑なトラウマに強い: 幼少期の虐待や、いつから始まったかわからない慢性的な生きづらさなど、記憶がはっきりしないケースにも有効です。
3. EMDRとSEの決定的な違い
一言で言うなら、「脳のファイルを整理するのがEMDR」で、「電気系統のショートを直すのがSE」です。両者の主な違いを項目ごとに見ていきましょう。
主な対象 EMDRは特定の「記憶」や「思考」を対象としますが、SEは体の「感覚」や「神経系の緊張」を対象とします。
アプローチ EMDRは脳の情報処理(トップダウン寄り)から入りますが、SEは体の自律神経(ボトムアップ)から入ります。
記憶の想起 EMDRは意図的にトラウマ場面を思い出す必要がありますが、SEは記憶そのものより今の感覚を重視します。
構造 EMDRはマニュアル化された8段階のステップに沿って進みますが、SEはクライアントの反応に合わせた柔軟な対話で進みます。
得意分野 EMDRはPTSD、特定の恐怖症、事故の記憶などに強く、SEは発達トラウマ、慢性疲労、解離、パニックなどに強い傾向があります。
4. あなたはどちらを選ぶべきか?
どちらを受けるか迷っている場合、以下の自分の感覚に近い方を確認してみてください。
A:EMDRが向いている可能性が高い人
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整理したい「あの時の出来事」がはっきりしている(事故、事件、死別など)。
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特定の場面を思い出すと、今でも胸が苦しくなったり映像が出てきたりする。
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「自分は価値がない」「自分のせいでこうなった」という強い自己否定感がある。
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理論的、システマティックな治療の方が信頼できると感じる。
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なるべく効率よく、短期間で症状を改善したい。
B:ソマティック・エクスペリエンス(SE)が向いている可能性が高い人
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何が原因かわからないが、常に不安、あるいは体がシャットダウン(麻痺)している感覚がある。
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トラウマの場面を思い出すだけでパニックになりそうで怖い(圧倒される)。
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体の痛み、震え、冷えなど、身体的な症状が強く出ている。
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「考える」ことは得意だが、「感じる」ことが苦手、または自分の体の感覚が鈍い。
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幼少期からの複雑な家庭環境など、長期にわたるストレスを扱いたい。
5. 統合的な視点:両方を組み合わせる「ソマティックEMDR」
最近では、これら二つを分けるのではなく、統合して提供するセラピストも増えています(ソマティックEMDRなど)。
なぜなら、「脳だけ」でも「体だけ」でも不十分な場合があるからです。 例えば、EMDRで記憶を処理しようとしても、神経系が過覚醒すぎて座っていられない人は、まずSE的な手法で神経系を落ち着かせる(リソースを作る)必要があります。逆に、SEで体が楽になっても、過去の否定的な信念が強固に残っている場合は、EMDRで認知を書き換えるのが効果的です。
アドバイス: どちらか一方に固執するのではなく、「今、自分の神経系が耐えられるのはどちらか?」という視点を持ってください。もし、過去を思い出すのがあまりに苦痛なら、SEから始めることを強くお勧めします。
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