EMDR
フラッシュテクニックから EMDR やソマティックエクスペリエンシング™ へ移行するケース
心理療法の現場では、ひとつの技法だけでトラウマの全てが片付くわけではありません。
トラウマの影響は人によって異なり、脳と身体の反応の仕方、症状の形、そして「その人がどれだけトラウマの記憶に耐えられるか(処理能力)」によって、適切なアプローチは変わってきます。
そのためセラピーは段階的に進みます。
-
最初は 安全で刺激の少ない技法(フラッシュテクニック) を使って土台を整える
-
トラウマ記憶の強度が下がってきたら EMDR や ソマティックエクスペリエンシング™(SE) に移る
-
必要に応じて、またフラッシュテクニックに戻ったり、別の方法と組み合わせたりする
ここでは、
-
なぜフラッシュテクニックから始めるのか
-
どのような場合に EMDR へ移行するのか
-
どのような場合にソマティックエクスペリエンシング™へ移行するのか
-
移行する際に見られやすい心身の変化
-
移行が難しいケースと、その対応
-
実際のセラピーでよくあるプロセス例
を丁寧に説明します。
1. なぜ最初にフラッシュテクニックを使うのか
フラッシュテクニックは、トラウマ記憶に直接触れずに、しかも短時間で苦痛を軽くできる方法として知られています。
そのメリットは次の三つです。
① トラウマ記憶に“間接的”に触れるだけでよい
フラッシュテクニックは、記憶の詳細を語る必要がありません。
「タイトルだけ思い浮かべる」程度でも処理が進むため、フラッシュバックや感情の高ぶりが起こりにくいのです。
② セラピー初期でも安全に行える
以下のような方にも向いています。
-
思い出すだけで涙が出る
-
動悸や息苦しさが出る
-
身体が強く緊張する
刺激量が少ないため、安定化の初期段階で使いやすい技法です。
③ フラッシュで負荷が下がると、次の技法に進みやすくなる
フラッシュは主に「苦痛そのものを軽くする」技法です。
ここで負荷が下がると EMDR や SE が安全に行えるようになります。
2. フラッシュテクニックから EMDR に移行するケース
どのようなときに EMDR へ進むのか、典型的なケースを紹介します。
ケース①:苦痛は下がったが“核心”の部分が残る
フラッシュで感情の強さは減っても、
-
「自分は無力だ」
-
「価値がない」
-
「人を信用できない」
などの否定的な信念が残ることがあります。
EMDR は、記憶・感情・思考・身体反応を一体として再処理するため、
より深いレベルで意味の転換が起こります。
ケース②:複数の体験が絡み合っている
家庭環境・学校・人間関係など、複数のトラウマ体験が絡むと、
フラッシュだけでは整理しきれないことがあります。
EMDR は「記憶のネットワーク」全体を扱えるため、
複雑な背景を持つケースに向いています。
ケース③:心理学的な理解を望むタイプ
-
自分の状態を理解したい
-
どこをどう治療しているのか知りたい
という方には、構造が明確な EMDR が安心感を持ちやすいです。
ケース④:PTSD の診断がある、あるいは疑われる場合
国際ガイドラインで EMDR は「PTSDの第一選択治療」です。
フラッシュで急性症状を抑えつつ、準備が整えば EMDR に移行するのは標準的な流れです。
3. フラッシュテクニックから SE(ソマティックエクスペリエンシング™)へ移行するケース
SE は身体反応・神経系の調整を丁寧に扱う技法で、次のようなケースで移行が行われます。
ケース①:記憶より“身体症状”がつらい場合
-
身体がいつも緊張
-
眠れない
-
警戒が抜けない
-
身体が固まる
フラッシュで感情の負荷が減っても、身体反応が続くケースでは SE が最適です。
ケース②:記憶を語ると解離しやすい、意識が飛びやすい
SE は「身体の微細な反応にゆっくり触れる」アプローチで、
解離しやすい方にも比較的安全に行える特徴があります。
ケース③:慢性ストレス・幼少期の慢性トラウマ(複雑性トラウマ)
慢性的なトラウマは身体に深く刻まれます。
-
力が抜けない
-
常に過覚醒
-
感情が平坦
-
休息しても回復しない
このような場合、神経系の調整を行う SE が必要になることがあります。
4. 移行時に見られやすい心身の変化
-
記憶を思い出しても“圧倒されにくい”
-
感情や身体の揺れを自分で調整できる
-
未来や日常生活に目を向けられる
こうした変化は、次の治療段階に進めるサインです。
5. 移行が難しいケースと対応
移行が難しい場合には、再び安定化を優先します。
① 現在の生活ストレスが強い
深い処理より、フラッシュや安定化技法を優先。
② 解離が起きやすい
グラウンディングやリソース構築を行いながら慎重に進める。
③ 身体感覚に触れるのが怖い
SEの導入はゆっくりと進める必要があります。
6. よくあるプロセスの流れ(イメージしやすく)
-
フラッシュテクニックで急性の苦痛を軽減する
-
日常が安定してくる
-
必要に応じて EMDR で核心の記憶を再処理する
-
身体に残る緊張があれば SE で統合する
-
未来への行動パターンや自己理解をサポートする
フラッシュ → EMDR/SE の移行は、回復の階段を丁寧に上っていく自然なプロセスです。
関連機関(公式)リンク一覧
以下は、フラッシュテクニック・EMDR・SE に関連する公式機関や、トラウマ治療の国際的な専門団体です。
■ EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)
-
EMDR International Association (EMDRIA)
https://www.emdria.org/ -
EMDR Europe Association
https://www.emdr-europe.org/ -
日本 EMDR 学会
https://www.emdr.jp/
■ ソマティックエクスペリエンシング™(SE)
-
Somatic Experiencing International(旧:SE Trauma Institute)
https://traumahealing.org/
■ トラウマ研究の国際的機関
-
ISTSS(International Society for Traumatic Stress Studies)
https://istss.org/
ブログ